2005年度年次大会に向けて

大会テーマ「日中韓ナショナリズムの相剋と東アジア」趣旨説明

森 武麿(一橋大学)

 本年12月マレーシアで東アジア・サミットが開かれます。東アジアは、近年インドネシア、フィリピン、タイなど東南アジア市場を中心に、日中韓をふくめた東アジアFTA(自由貿易協定)が次々に締結されています。昨年、日本の輸出入貿易額は香港を含む中国との取引額が、第二次大戦後はじめてアメリカを追い越しました。日本と東南アジア、中国との経済関係は融合を続けています。その意味で、今回の東アジア・サミット開催は、東アジア共同体への第一歩となるかもしれません。

 現在の世界レベルでの地域統合は、1990年代社会主義体制崩壊後、情報革命をともなう欧米・日本の多国籍企業の世界的展開を背景にしたグローバリゼーションによるものであり、今後、アジアにおいても、1997年アジア金融危機に見るように、グローバル資本と地域民衆・市民との摩擦・軋轢を含みながら、紆余曲折を経て進行するものと思われます。

 もちろん、東アジアはヨーロッパ・EUとは異なり、国家・地域によって大きな経済的格差、宗教・価値観の違いを包含しており、地域統合が簡単に進むような状況にはないことも事実です。とりわけ、東アジアは、戦前の日本帝国主義のアジア侵略という負の遺産が克服されず、最近のサッカー国際試合における重慶・北京での反日暴動や靖国問題・領土問題での中国・韓国での反日運動など、深刻な日中韓ナショナリズムの相剋とでもいうべき問題をかかえています。東南アジア諸国10、プラス3といわれる日中韓3国の対立・相剋が、東アジア共同体形成の大きな障害となっていることは明らかです。

 さらに、今年はアジア・太平洋戦争終結60周年であり、日本の敗戦・東アジアの解放から60年目に当たります。また日露戦争から100年、日韓条約から40年という東アジア関係史において記念すべき節目の年にも当たります。それゆえ、日本のアジア侵略と「過去の克服」の問題が、首相の靖国参拝、教科書問題も含めて近隣諸国から問題にされ、外交上の焦点となったことは、周知のとおりです。

 そこで、本年の同時代史学会では、「日中韓ナショナリズム相剋と東アジア」を大会テーマとして開催することにしました。

 午前の部は、大東亜共栄圏の歴史的経験と戦後日本のアジア外交の展開をおもに東アジアとの関係で考えてみます。

 報告は、安達宏昭氏(東北大学)に大東亜共栄圏の建設を経済的視点から論じてもらい、権容奭氏(一橋大学)には、岸政権の1950年代のアジア外交をアジア主義の視点から論じてもらいます。二人とも新進気鋭の若手研究者であり、歴史学と国際関係史という異なる学問領域から、議論を発展させることができればと思っています。

 午後の部は、現在の日中韓ナショナリズムの相剋をテーマとします。経済のグローバル化のなかで、現在の日中韓ナショナリズムの問題を焦点して、3つの国がこれまでどのような国家像をめざしてきたのか、これからどういう国家像を追求しようとしているのか、これらを検討するなかで、日本などの偏狭なナショナリズムを、東アジアはどのように克服していけるのかについて、方向性を明らかにできれば、と考えています。

 とくに、本学会の特徴として、「同時代」をつかまえる「歴史」の視点を大切にして、戦前日本の東アジア植民地支配の経験を学ぶなかから、本大会のテーマ「日中韓ナショナリズムの相剋と東アジア」に迫りたいと思います。

 午後の部の報告者ですが、日本の視点から、保阪正康氏(作家)をお招きしました。氏はご承知のように一貫して「昭和史」、戦争史を追求され、最近では「兵士たちの精神的傷跡から靖国問題を考える」『世界』2004年9月号、近著『あの戦争は何であったか』(新潮新書)を書かれ、いつも忘れてはならない視点をわれわれに示してくれます。

 韓国の視点からは、玄武岩氏(東京大学情報学環、政治学)です。氏は『韓国のデジタルデモクラシー』(集英社新書)を最近上梓され、韓国におけるネット市民による電子民主主義の実情を分析して、各新聞の書評欄でとりあげられた若手の実力派です。今回の報告では、こうした市民民主主義とナショナリズムの関係につい論じていただくことにしています。

 中国の視点からは、高媛氏(日本学術振興会外国人特別研究員、社会情報学)です。氏は「リスクからタスクへ」『世界』(2005年8月号)の論文において、日中の偏狭なナショナリズムを「歴史の共犯者」というユニークな視点から切り込んで、注目を集めました。

 コメンテーターは、米原謙氏(大阪大学)にお願いしました。氏は近著『徳富蘇峰・日本ナショナリズムの軌跡』(中公新書)があるように、一貫して日本のナショナリズムとアジアとの関係を、思想史的アプローチから追求されてきました。

 午前の研究会と午後の大会テーマを通じて、現代の東アジアの連帯の道と偏狭なナショナリズム克服の道をみんなで考えてみたいと思います。フロアからの討論もふくめて、東アジアのナショナリズムはどこに向かうのか、本来の地域統合・地域協力はいかにあるべきか、など議論を深めることができればと思います。

 アジア・太平洋戦争終結60周年を締めくくるに飾るにふさわしい、白熱した議論を期待しています。ふるって、ご参加ください。


2005年度年次大会の予告

大会テーマ「日中韓ナショナリズムの相剋と東アジア」
日時
2005年12月4日(日曜日)
午前9時30分受付開始 10:00開始 17:30終了
場所
一橋大学 東キャンパス 東2号館(2201室)
大会テーマ趣旨説明
森武麿(モリ・タケマロ/一橋大学)
午前の部 〈個別報告〉 10:10~12:30
報告者: 安達宏昭(アダチ・ヒロアキ/東北大学)
「戦時期の「大東亜経済建設」構想 ――「大東亜建設審議会」を中心に――」
権容奭(コン・ヨンソク/一橋大学)
「岸政権の対アジア外交 ――対米「自主」とアジア主義――」
コメンテーター: 伊藤正直(イトウ・マサナオ/東京大学)
司会: 浅井良夫(アサイ・ヨシオ/成城大学)
午後の部 〈大会報告〉 14:30~17:30
大会テーマ 日中韓ナショナリズムの相剋
報告者: 保阪正康(ホサカ・マサヤス/作家)――日本の視点から
玄武岩(ヒョン・ムアン/東京大学)――韓国の視点から
高媛(ガオ・ユアン/日本学術振興会特別研究員)――中国の視点から
コメンテーター: 米原謙(ヨネハラ・ケン/大阪大学)
司会: 豊下楢彦(トヨシタ・ナラヒコ/関西学院大学)
会場費
500円
懇親会 18:00~20:00
一橋大学東キャンパス 東プラザ2階

*当初予定より午前中のコメンテーター、司会が変更になりました。

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