この国は、今大きな岐路に立たされている。多くの国民の反対にもかかわらず、安全保障関連法案が国会で成立した。集団的自衛権の行使や自衛隊による米軍支援の強化・拡大が可能になることによって、「戦争をする国」への転換が現実のものとなったのである。関連法を廃案に追いこむ可能性が残されているとはいえ、「戦後レジーム」からの脱却にとって、大きな画期となったことは否定することはできない。その背景には東アジアにおける政治、経済、軍事などのバランスの変化が影響している。
しかし、留意しなければならないのは、戦後の日本が、常に「平和国家」であったわけではないという事実である。武力行使の直接の主体とはならなかったものの、日米安保条約によって、日本は数多くの戦争に関与し、アメリカの軍事戦略を支えてきた。日本本土の軍事化は相対的には低い水準を維持したとはいえ、沖縄には多数の米軍基地が集中し、高度な軍事化が進んだ。安全保障関連法に対する反対運動は、戦後の日本社会の丸ごとの肯定や擁護であってはならないのである。
そして2015年は、「戦後70年」の節目の年でもあり、8月14日には、「戦後70年」安倍首相談話が発表された。この談話は、1995年の村山首相談話を正面から否定していないものの、「侵略」、「植民地支配」、「反省」、「お詫び」などのキーワードを、首相自身の言葉としてではなく、間接的な言及や引用などの形で述べているにすぎない。さらに、植民地支配の歴史に対する根本的反省を欠いている点も大きな特徴の一つである。また、戦争に対する反省を、安倍首相が常々主張する「積極的平和主義」に結びつけることによって、安全保障関連法を正当化する内容にもなっている。ここでは、過去の歴史に対する向き合い方が、現実の安全保障の問題と直接関連していることが如実な形で示されているのである。
こうした状況を踏まえ、本年度年次大会のテーマを、「戦後史の問い方を問い直す―安全保障と歴史認識―」とした。具体的な課題は次の通りである。
第一には、戦後の日米安保体制の歴史の中に安全保障関連法を位置付けることによって、転換の具体的意味を明らかにすることである。その際、憲法の改正を先送りにすることによって、関連法がどのような矛盾を抱え込むことになるのかという点にも留意したい。報告者は、植村秀樹氏である。
第二は、「戦後70年」安倍首相談話の分析である。この談話の批判は歴史研究者にとっては、ある意味でたやすいことだが、談話全体の政治的・歴史的評価はかなり複雑である。談話の本来の狙い、談話発表に至る経緯、過去の談話との対比、国民意識との関連などに留意しながら、安倍談話の全体像を解明したい。報告者は、吉田裕氏である。
第三には、戦後そのものの相対化であり、戦後を歴史としてとらえ直すことである。安全保障関連法案に対する反対運動は、一面においては、価値化された戦後を擁護する運動という側面を持っていた。そのことが運動の広がりを生み出しているのは確かだが、研究者としては、戦後そのものを問い直す姿勢が同時に必要であろう。戦後史の重要局面で「戦後とは何か」、という問いが何度も発せられてきた。そうした戦後の問い方自体を問い直すことが、今求められているのではないか。この問題での報告者は、大串潤児氏である。
多くの研究者の積極的参加と発言により議論が深まることを期待したい。
※13:00~13:30まで総会を開催します。ご参加下さい。
※大会終了後、懇親会を予定しております。
資料代:500円 会場:大妻女子大学千代田キャンパスA棟 最寄り駅:市ヶ谷駅、半蔵門駅、九段下駅
※当初掲載していた西井麻里奈さんの論題に誤記がありました。お詫びして訂正します。(2015年11月26日)