報告タイトル:
戦後から現代にかけての在日コリアンの包摂と排除——労働市場における格差・不平等、差別の分析から
鄭康烈
報告概要:
本報告は、戦後から現代にかけての日本社会において、在日コリアンがどのように労働市場へ包摂・排除されてきたのか、その歴史的変遷と構造的特徴を多角的データに基づき明らかにすることを目的とする。戦前・戦中期に形成されたオールドカマー移民という位置に注目しつつ、彼らと日本の労働市場制度との相互作用を分析軸として据えることで、社会制度が移民/マイノリティをいかに選別し、また一方で統合してきたのかを検討する。とりわけ、近年の外国籍人口の増加や深刻化する労働力不足の背景のなかで、長期定住型外国人の包摂が政策課題として浮上する現在、在日コリアンの経験を歴史的に読み解くことの意義は大きい。
分析視角としては、労働市場の制度的側面に着目し、二重労働市場論の枠組みなどを参照しながら、在日コリアンがいかなる労働市場区分に位置づけられてきたのかを問う。その際、供給側(労働者)にとっての帰結は、職業的地位・就業構造などの統計指標に可視化される一方、需要側(雇用者)における認識・評価・対応の変化も重要である。本報告では、両者を架橋する視点を導入し、排除の仕組みと包摂の契機がいかに交差してきたかを検討する。
用いるデータとしては、戦前・戦後に在日コリアンを対象に実施された諸統計、および2008年統計法改正後に可能となった国勢調査の国籍集団別分析を基礎に置く。加えて、1970年代の就職差別反対運動に関する資料、1990年代の日本企業人事部による認識を探るためのエスニック・メディア記事群の計量テキスト分析、さらには労働市場参入を試みてきた当事者への聞き取りデータを組み合わせ、複数スケールでの分析を試みる。
最後に近年、新自由主義的グローバリズムの進展のもと、在日コリアンの社会経済的地位は「分極化」というテーゼで描写されるものへと再編されつつある。在日コリアンの労働市場経験を定点的に観察することで、包摂と排除が時代的背景や階層構造とともに併存してきたダイナミズムを描き出すことを目指す。
タイトル
「剥奪されたSRHRと移民女性のサバルタン・エイジェンシー―ベトナム人移住女性労働者の事例から」
巣内尚子(国際社会学)
報告概要:
本報告は2014年以降、報告者が実施してきた移住労働経験を持つベトナム人へのインタビュー調査と、2020年以降の移民支援活動への参与観察で得た知見をもとに、ベトナム—日本間の移住の構造において、ベトナム人女性の性と生殖に関する健康と権利(SRHR)が制度的・構造的にはく奪されていることを明らかにするものである。
ベトナム政府は2000年代以降、日本、台湾など東アジア諸国への移住労働者送り出しを活発化させている。これはベトナム政府の貧困削減政策の一環で、ベトナム政府は海外への労働者送り出しを「労働力」輸出、送り出し先の国を「市場」と位置づけながら、数値目標を設定し、自国民の移住労働を推進する。一方の日本は1990年代に外国人技能実習制度を開始し、多様な産業部門にアジア諸国を中心に移住労働者を受け入れてきた。ただし、技能実習制度においては技能実習生に対する人権侵害事案が後を絶たず、妊娠を理由に技能実習生の女性が解雇されたり、技能実習生の女性が孤立出産に追い込まれる事件も起きている。
以上の背景を踏まえ、本報告は、とりわけ移住を促進させ、条件付ける移住の構造として、移住インフラストラクチャー理論をもとにした搾取のインフラストラクチャー理論を用い、送り出し地から日本への移住の軌跡において、どのようにベトナム人女性が非人間化され、SRHRをはじめとする基本的権利がはく奪されるのかを示す。とくに技能実習制度と特定技能制度を通じて来日するベトナム人女性の移住の軌跡とSRHRの関係を明らかにする。
一方、ベトナム人女性たちはSRHRを制度的・構造的にはく奪されながらも、サバルタン・エイジェンシーを発揮し、さまざまな方法でSRHRのはく奪に対抗する。個人の水準では帰国をすることで日本に見切りをつけて、出身地での安全な妊娠、出産を目指す女性がいることが明らかになった。さらに、労働組合など日本社会が持つ支援の資源にアクセスすることで問題解決を図る女性も存在する。