第1回同時代史学会賞について、以下のように決定しましたのでお知らせします。
 最優秀賞:該当者なし
 優秀賞:該当者なし
Author Archives: doujidaishi
同時代史学会2025年度大会 自由論題 報告一覧
同時代史学会2025年度大会 自由論題 報告一覧
*以下、会場ごとに、報告の➀タイトル、➁報告者(名前のよみ/所属等)、➂要旨、の順で掲載しています。
*A~Dの全4会場は、すべて名古屋大学文学部本館1階・文系共同館1階となります(2つの館はつながっています)。
*各会場とも10時開始、報告者1名につき報告40分+討論20分の計1時間を予定しています。
*開催形態は、全4会場とも対面のみとなります。
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A会場[128教室(文学部本館1階)]
報告A-1
➀ 代議士の妻に見る戦前・戦後の選挙と支持基盤:川崎康子を事例に
➁ 高島 笙(たかしま・しょう/慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任研究員(雇用型学振PD))
➂ 本研究は、代議士の妻の役割が戦前・戦後にかけてどのように変化していったのかについて、三重一区選出の戦前派代議士川崎克の妻康子を事例に検討するものである。康子は夫である克が代議士になると、次第に選挙に深く関わっていく。やがて事実上の地元秘書と化した康子は、地方選挙の采配まで揮うようになり「伊賀の宋美齢」と呼ばれることとなった。
戦後、夫である川崎克は公職追放となり、追放中に急死した。その際、いわゆる身代わり代議士として次男秀二が地盤を引き継いでいく。一方で、秀二の選挙戦では依然として康子が克以来の支持基盤を引継ぎ、采配を揮うという状況が1950年代後半まで続いていく。
本研究では、こうした康子の生涯における選挙へのかかわり方の変化から、選挙の政党化や夫の代議士としての出世、公職追放や息子の落選など、様々な理由でジェンダーバランスが変化していく様子を長期的なスパンで考察していく。そこから、妻の政治活動の歴史的展開を明らかにしたい。
報告A-2
➀ 戦後日本の「性教育」:厚生省資料から
➁ 松元実環(まつもと・みわ/神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員)
➂ 本研究は、戦後日本における「家族計画」を中心とした「性」と生殖の政治を、教育・「啓蒙」的言説から再考することを目的とする。従来は女性の身体や権利に焦点が当てられてきたが、1960年代の核家族モデル形成において、夫・父としての男性身体がいかに語られ、また不可視化されてきたのかは十分に検討されていない。本研究では、「純潔教育」や「性教育」の周辺で、厚生省人口問題研究所を中心とした人口学者・優生学者らが、男性身体をいかに教育・啓蒙の対象として構築したのかを分析する。特に、男性身体に階層的差異を見出す視点に着目し、戦後日本における男性身体の在り方を明らかにする。資料は人口問題研究所の出版物や関係者の著作を中心とし、第5代所長・篠崎信男に関する資料を重点的に扱う。本研究は、従来の女性中心の議論を補完し、戦後日本社会における「性」の政治の再検討に資することを目指す。
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B会場[127教室(文学部本館1階)]
報告B-1
➀ 暴力対策と〈青少年〉の変遷
➁ 中山良子(なかやま・よしこ/大阪公立大学工業高等専門学校准教授)
➂ 占領期から高度経済成長期にかけては非行の「第一のピーク」(1951年)、そして「第二のピーク」(1964年)と呼ばれる状況が存在する。この間に「青少年問題」とよばれる政策群がある。本研究では、このピークの形成を、暴力対策を含めた〈青少年〉を射程とする治安対策の変遷としてあらためて捉えなおす。具体的には、警察・司法関係者が〈青少年〉をどのように取り組みの射程に収めていったのか、そこで何が問題として語られたのかを分析する。着目するのは、警察による未成年者を対象とした内規の変化(1950年の「問題少年補導要綱」から1960年の「少年警察活動要綱」へ)や、その前後にある警察の暴力対策の変化(1954年の警察法改正、1961年の暴力犯罪防止対策要綱案)、また石井栄三・森田宗一らの発言や動き、1960年以降の「人つくり政策」の動き等となる。つまるところ、規範/逸脱への言及を内在した統治用語が〈青少年〉である。
報告B-2
➀ 1960年前後の山谷における治安管理体制の再編強化
➁ 渡邉啓太(わたなべ・けいた/東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程)
➂ 本報告は、1950年代末から1960年代にかけて、東京都の山谷地域において民警一体のもとで推進されていく治安対策の展開過程とその内実について明らかにすることを試みる。
先行研究では、1950年代末以降この地を対象に取り組まれていく環境浄化運動や暴動対策によって、セックスワーカーとその「ひも」、「ぐれん隊」の追放、家族世帯の転出という事態が生じ、その結果、山谷が単身男性労働者の街へと再編されていったことが指摘されている。この運動・対策について、福祉・保護(権力)という側面からはその実態が一定解明されている反面、治安管理という点に関しては明らかになっていないことも少なくない。よって本報告では、上記の運動・対策の担い手のうち、地元有力者と警察に着目し、緊密な協力関係のもとで両者がこの地域の「明朗化」に向けていかなる戦略を立てており、実際にどのような治安管理の実践を行なっていたのか、地域紙や警察史料にもとづき論じてみたい。
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C会場[1AB教室(文系共同館1階)]
報告C-1
➀ 長崎ベ平連の位相:地域ベ平連における独自性をめぐって
➁ 港 那央(みなと・なお/日本学術振興会特別研究員(PD・立教大学))
➂ 1965年2月のアメリカによる北ベトナム爆撃に対して、同年4月にベトナム反戦市民運動体として「ベトナムに平和を!」市民連合(以下、ベ平連)が東京で結成された。その後、日本各地で「ベ平連」を名乗る運動体が誕生し、その数は数百にのぼった。近年、東京で最初に結成されたベ平連にくわえて、日本各地のベ平連=地域ベ平連に焦点を当てた研究が進められ、ベ平連の運動を再構成する作業が行われてきている。
本報告では、これまでの(東京の)ベ平連研究および地域ベ平連研究をふまえたうえで、地域ベ平連の一つとして長崎県長崎市にて1968年1月末に結成された長崎ベ平連に注目し、その運動展開を明らかにしながら独自性を検討する。具体的には、東京のベ平連、他の地域ベ平連と適宜比較しながら、他組織との関係性や運動課題などについて独自の性質をもって展開したことを考察する。
報告C-2
➀ 戦後日本の「台湾」に対するまなざし:来日台湾人の支援運動を中心に
➁ 郭 書瑜(カク・ショユ/一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)
➂ 戦後に来日した旧植民地出身者は、制度上「外国人」として扱われた。しかし、冷戦構造による「分裂国家」状況のもと、彼らは異なるアイデンティティを抱いていた。台湾出身者の中には「人民中国」に傾倒する者、「中華民国」を支持する者、さらに「台湾独立」を志向する者が存在した。こうした異なる立場をもつ来日台湾人に対して、日本社会の対応は一様ではなく、その差異は戦後日本における台湾および中国への認識を反映していた。また、日本の出入国管理体制の下で、台湾出身者はしばしば在留問題に直面し、ときに強制送還の危機にさらされた。本報告は、1972年の日中国交正常化までに展開された来日台湾人への支援運動、なかでも中国派の陳玉璽・劉彩品支援運動と、台湾独立派の林景明支援運動を対象に、運動路線、支援者の構成、当事者に対する態度などを比較分析することによって、戦後日本社会が日本帝国最初の植民地である台湾に対して抱いたまなざしを検討するものである。
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D会場[129教室(文学部本館1階)]
報告D-1
➀ 名古屋オリンピック招致に抵抗した人々:「反オリンピック市民運動連合」の活動から
➁ 古木龍太郎(ふるき・りゅうたろう/名古屋大学大学院人文学研究科日本史学分野・専門博士後期課程)
➂ 1988年夏季オリンピックの名古屋招致は、1977年8月に仲谷義明愛知県知事が構想を発表して以降、行政と財界主導で進められた。革新系団体の多くは「簡素な五輪」を求める条件付き賛成にとどまり、明確な反対姿勢は示さなかった。その後、1981年4月の名古屋市長選を契機に、財政負担や環境破壊への懸念、商業主義・政治利用への批判を掲げる複数の団体が結集し、「反オリンピック市民運動連合」が結成される。連合は独自候補の擁立や署名運動、公開討論会に加え、西ドイツ・バーデン=バーデンでのIOC総会に合わせたデモやビラ配布など、国際的な直接行動も展開した。
本報告では、参加者の証言や史料から、人々がなぜ運動に加わり、どのような論理で招致に異議を唱えたのかを明らかにする。あわせて、1980年代初頭の市民運動の特徴を、地域活動の広がりや海外とのつながりに注目しつつ、国際的な大規模イベントと市民参加の様相を解明する。
報告D-2
➀ 野坂昭如が語り続けた「戦争の記憶」と日本人論
➁ 小酒奈穂子(こさけ・なほこ/立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)
➂ 本報告の目的は、野坂昭如が戦後日本社会において語り続けた戦争の記憶と、野坂の語る日本人論との関連を明らかにし、野坂の言説に潜む思想の論理構造を検討していくことである。
野坂昭如は1968年に『アメリカひじき』『火垂るの墓』で直木賞を受賞した。その後メディア文化人として、様々な分野において、戦争の記憶や戦後の日本社会への批判を語り、没後は反戦を貫いたと評されている。
一方1970年後半から、様々な分野の専門家との対談で日本社会について言及する中、野坂は必ずといっていいほど日本人論を持ち出し、議論を展開していた。本報告では、野坂の語る日本人論はいかなるもので、なぜ語るようになったのか、その社会背景はどうであったのかを分析する。野坂の日本人論と語り続けた「戦争の記憶」との関連を明らかにし、野坂の言説に潜む思想の論理構造を検討する。
以上
日本学術会議法に関する声明
日本学術会議法に関する声明
同時代史学会理事会
2025年9月20日
私たち同時代史学会は、2020年に表面化した日本学術会議第25期会員の任命拒否問題に対し、同年11月6日に理事会声明として「日本学術会議第25期推薦会員任命拒否に関する人文・社会科学系学協会共同声明」に賛同し、被推薦者の任命を強く求めた。また、同年12月13日に開催された2020年度総会において「政府の日本学術会議会員の任命拒否、および学術会議の独立性と学問・表現の自由への介入に対する抗議声明」(https://www.doujidaishi.org/announcements/announcement20201213.html)を採択し、史資料に基づく実証性を重視する本学会の立場から、政府の説明責任を厳しく問うてきた。
このような中、政府は日本学術会議の独立性を高めるためとして「日本学術会議法案」を2025年の第217回国会に提出し、6月11日の参議院本会議において可決、成立させた。しかし、同法は任命拒否問題に対する説明責任を果たすものではなく、これに蓋をし責任を回避する論点のすり替えであり、さらに人事・予算・監督の各面で政府の介入を一層強化し、学問・思想・表現の自由を深刻な危機に陥れるものである。
同時代史学会は、2025年4月15日に公表された日本学術会議の声明「次世代につなぐ日本学術会議の継続と発展に向けて~政府による日本学術会議法案の国会提出にあたって」(https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-26-s194-s.pdf)および決議「日本学術会議法案の修正について」(https://www.scj.go.jp/ja/head/pdf/20250415.pdf)を支持する。
政府による十分な説明がないまま、政府の介入を強化する内容を含む同法案が成立したことに対し、本学会は強く抗議する。
2025年度大会「『多文化共生』の同時代史――理念と実践の歴史的断層を照射する――」
2025年度大会「『多文化共生』の同時代史――理念と実践の歴史的断層を照射する――」
同時代史学会2025年度大会を、下記のスケジュール・テーマで開催します。
なお、本年度は対面のみで実施します。
日時
2025年12月6日(土)
会場
名古屋大学東山キャンパス文学部本館、文系共同館1、2階(愛知県名古屋市千種区不老町)
キャンパス・マップ:B4③
https://www.nagoya-u.ac.jp/extra/map/index.html
参加費
無料
日程
10:00~12:00 自由論題報告(会場A~会場D、8名)
12:20~12:50 総会 【会場:237】
13:00~17:30 全体会 【会場:237】
〈報告〉
鄭康烈(日本学術振興会 特別研究員PD(早稲田大学))(13:10〜14:00)
「戦後から現代にかけての在日コリアンの包摂と排除――労働市場における格差・不平等の分析から」(仮)
巣内尚子(岐阜大学)(14:00〜14:50)
「剥奪されたSRHRと移民女性のサバルタン・エイジェンシー―ベトナム人移住女
性労働者の事例から」
〈コメント〉
上野貴彦(都留文科大学)(15:00〜15:20)
蘭信三(国際日本文化研究センター/上智大学/社会福祉法人さぽうと21理事長)(15:20〜15:40)
全体討論:15:50〜17:30
18:00~ 懇親会
全体会 「『多文化共生』の同時代史――理念と実践の歴史的断層を照射する――」
趣旨文
今年はベトナム戦争終結から50年という節目の年である。
「冷戦」と呼ばれた体制が大きく変化する重要な転換点であったこのアジアにおける「熱戦」は、多くの難民を生み、国際的な<移民>の歴史に新たな刻印を記すことになった。
そうした中、日本はそのベトナムを始めとした、東アジア、東南アジアに戦端を開き、地域に大きな変動を巻き起こした主体でありながら、戦後は自らが植民地化した地域からの<移民>については人権を軽視した対応に終始し、ベトナム難民の受け入れも限定的なものにとどまった。
ところが、バブル景気の下での労働者の不足を補うため、いわゆる「日系二世・三世」が「定住者」として日本に迎えられた。そして新自由主義の自己責任の時代において、日本の多くの人々の自衛的なライフ・スタイル選択が少子化を招来するなかで、東アジア、東南アジアから「技能実習生」の名のもとに安価な労働力として多くの人々が日本に迎えられるようになった。とはいえ、「いわゆる移民政策はとることは考えておりません」としながら実際には移民を受け入れるという政府の政治的姿勢の問題に加え、日本と各国の間の歴史問題が禍いし、多くの<移民>たちが不安定な身分のまま日本社会で生きることを余儀なくされたのである。
同時代史学会は、学際的に同時代を扱う学会であり、『同時代史研究第17号』でも「ボーダーコントロールの同時代史」という特集を組むなどの取り組みを続けてきたが、目下最大の問題であると言ってもいい、日本社会の「内なるグローバル化」における<移民>の「排除と包摂」の問題、換言すれば「多文化共生」という言説が肯定から否定へと転じているかのような昨今の問題を改めて正面から扱わなければならないと考え、従来からこの問題に取り組んできた社会学者の力を借りて、この問題の歴史的再検討と将来への視角を得ることを企図するに至った。加えて、「特別永住者」として扱われている在日コリアンや在日中国人も視野に入れ、より広い視野で戦後の日本における、国境を超えた人の移動を捉え直すことを目指すことにした。
なお、日本語の<移民>という用語法は、かなり不安定で、誤解を招きやすいものになっている。世界的に見れば<移民>(migration)は、将来的な永住を前提とした移住に限定されないし、国内における人口移動をも含む概念である。そもそも国境を超えて移動する人々には様々な背景がある。ところが日本語の<移民>という言葉は、政治的なコンテクストや、過去の日本からの出移民に対する情緒的な把握などが介在し、世界的に見れば特殊な、しかし一定しない、非常に厄介な使われ方がなされてしまう。とはいえこの用語法の混乱を注視することは、<移民>をめぐって抱え込んでいる思想/思考の上での混乱を解きほぐす糸口になるのではないかと考えられる。
そこで本年度の大会では、既に世代を重ね、複雑な階層性と交差性を有している在日コリアン社会を研究されている鄭康烈氏、ベトナム人実習生の研究を続けてこられている巣内尚子氏に報告をいただき、これにヨーロッパの移民問題に取り組んでいる上野貴彦氏のコメント、および帝国崩壊と人の移動を歴史社会学から追求しいまは難民など外国ルーツの学生支援や教育支援をおこなう団体の理事長として現場でも活動する蘭信三氏のコメント、以上の4名によるセッションを開催し、会場の出席者とともに議論を深めることとしたい。
振り返れば、当学会は既に数々の大会企画や研究会で、社会学をはじめ、人文社会科学の諸分野との交流・議論を重ねてきた。<移民>という課題の今日性に向き合うとき、この姿勢は重要な意味を帯びてくる。
本大会では、<移民>に関する現状分析を主題とする報告を行い、その内容をめぐって歴史的な射程を持ちながら議論を行う形とした。排外的な主張が繰り出される今日の状況を踏まえた上で、歴史を改めて捉え直し、思考をめぐらすことにしたい。
参加者諸氏の活発なご議論を期待する。
同時代史学会・第38回関西研究会
みなさま
平素は本会の活動をご支援いただき、ありがとうございます。
長らくお休みをしておりましたが、同時代史学会関西研究会第38回研究会を下記のように開催します。 
ふるってご参加ください。
同時代史学会・第38回関西研究会
〈報告者〉
栫大也氏(九州大学)「近代の反映としての山田耕筰?―1980年代以降の評伝、研究を中心に」(仮題) 
日時:2025年9月27日(土)15:00~17:30
場所:キャンパスプラザ京都6階第7講習室(JR京都駅徒歩5分)
        https://www.consortium.or.jp/about-cp-kyoto/access
本研究会はハイブリッドでの開催です。
対面での参加の方は直接お越しください。
オンラインでの参加の方は下記まで登録ください。
登録:https://us02web.zoom.us/meeting/register/9ZionUANQM2yCvGPN7HVtQ
 
 登録後、研究会参加に関する情報の確認メールが届きます。
 参加希望の方は前日の9月26日(金)までに申込みください!
 参加費:無料(会員外の方にもお声をおかけ下さい)
配信担当:河西秀哉
	【告知】『同時代史研究』第19号の投稿原稿の募集について
【告知】『同時代史研究』第19号の投稿原稿の募集について
同時代史学会編集委員会
『同時代史研究』第19号(2026年9月刊予定)の投稿原稿を募集いたします。奮ってご投稿くださいますよう、お願い申し上げます。
投稿規定、審査規定、執筆要領については、同時代史学会のホームページをご覧ください。
https://www.doujidaishi.org/journal/journal_rules.html
スケジュール・投稿手続きは下記のとおりです。
2025年8月13日(水)
投稿原稿のエントリー締め切り
投稿をご希望される方は、電子メールで編集委員会宛に、名前・所属・原稿種別・題名をご連絡ください。
アドレス:journal●doujidaishi.org (「●」を「@」にかえて下さい)
投稿原稿を提出する段階で、題名を若干修正することは認められます。
1週間以内に返信いたしますので、万が一到着しない場合には、必ずお問い合わせください。
会員以外の方は投稿できませんので、ご注意ください。
なお、入会手続きはこちらをご覧ください。
https://www.doujidaishi.org/about/admission.html
2025年10月20日(月)
投稿原稿・要旨提出の締め切り
原稿と要旨(800字程度)を、1部ずつ提出してください。
送付先は以下の通りです。封筒表紙に「同時代史学会学会誌原稿在中」と朱書きして下さい。当日の消印まで有効です。
〒464-8601 名古屋市千種区不老町 名古屋大学大学院人文学研究科 河西秀哉
あわせて締め切りまでに、原稿・要旨[原則として Word(.docx あるいは .doc)]を、編集委員会宛に電子メール添付にてご送付ください。
原則として投稿後3ヶ月以内に審査結果をお伝えします。掲載決定後は掲載決定証明書を発行できますので、ご相談ください。
お送りいただいた原稿・電子ファイルは、厳重に管理し、査読後はこちらで破棄いたします。
エントリー後に投稿を辞退される場合も、ご連絡をお願いします。
2026年1月
審査結果通知(予定)
2026年9月
刊行(予定)
投稿について、ご不明の点やご相談などがありましたら、電子メールで編集委員会(下記アドレス)へ問い合わせください。
同時代史学会編集委員会 journal●doujidaishi.org (「●」を「@」にかえて下さい)
同時代史学会2025年度大会のお知らせ
同時代史学会2025年度大会のお知らせ
今年度の同時代史学会年次大会は、本年12月6日(土)、名古屋大学 東山キャンパス(名古屋市千種区)にて、「『多文化共生』の同時代史(仮)」と題して開催いたします。
パネラーやコメンテーター、大会趣旨文、スケジュール等は本HPにて随時お知らせしていきますので、よろしくご確認下さい。
*近年、ホテルの予約が困難になっております。前泊、あるいは後泊をご予定の方は、早めのご予約をお願い致します。
同時代史学会2025年度大会 自由論題報告者の募集
今年度の同時代史学会年次大会は、本年12月6日(土)、名古屋大学東山キャンパス(名古屋市千種区不老町)にて開催の予定です。つきましては、当日午前中に実施される自由論題報告の報告者を募集します。日頃の研鑽を発表し合い、議論を交わせる貴重な機会です。会員の皆様には、ぜひ奮ってご応募くださいますよう、お願い申し上げます。
なお、機材や運営上の観点から、本年度も自由論題報告については原則、対面開催となります。この点、ご理解を賜ります。
1.日時:2025年12月6日(土) 午前10時開始(最大13時20分終了予定)
*御一人の持ち時間は報告40分+討論20分=計1時間を想定してください。
2.場所:名古屋大学 東山キャンパス 文学部本館・文系共同館
*交通アクセス: https://www.nagoya-u.ac.jp/contact/directions.html
*キャンパスマップ(マップ上のB4③): https://www.nagoya-u.ac.jp/contact/map.html
3.開催形態:対面開催
4.論題:日本を中心とする第二次世界大戦期以降の歴史を主な対象とする歴史的研究全般
5.エントリー資格:同時代史学会会員であること
*非会員で応募される方は、エントリーと同時に入会手続きをお済ませください。
参照・本会HP「入会のご案内」: https://www.doujidaishi.org/about/admission.html
6.エントリー方法:以下の項目を、電子メールか郵送で、下記9までお知らせください。
① 報告者氏名、及び現在の所属
② 報告タイトル
③ 報告要旨(400字以内)
④ AV機材使用予定の有無
*会場には備付のスクリーン、プロジェクタはありますが、PCは御自身で持ち込みを御願いします(Mac使用の場合はアダプタも含む)。
7.採否:理事会で審査の上、9月末日までに応募者本人に直接採否を通知します。
8.締切:2025年8月31日(日)必着
9.応募及び問い合わせ先:戸邉秀明(自由論題担当理事・東京経済大学教員)
E-mail:tobe★tku.ac.jp(★ を @ に置き換えてください)
〒185-8502 東京都国分寺市南町1-7-34 東京経済大学 戸邉秀明 宛
*郵送の場合、封筒に「同時代史学会自由論題応募」と書き添えてください。
以上
(2025年7月21日 誤記修正)
同時代史学会第53回定例研究会(修士論文報告会)
同時代史学会第53回定例研究会(修士論文報告会) 下記の要領にて同時代史学会第53回定例研究会を行いますので、よろしくご参加ください。 1.会場 二松学舎大学九段キャンパス三号館3021教室 https://www.nishogakusha-u.ac.jp/about/campus/a7.html 2.スケジュールと報告タイトル 日時 ・2025年7月12日(土)、13:00~17:20(一人1時間20分) 内容 ・新進気鋭研究者報告会(主に修士論文報告会として毎年開催) 報告者及び報告タイトル ・大山珠枝氏(名古屋市立大学大学院人間文化研究科博士後期課程) 「戦前戦後の農業者教育と移民——農民講道館における南方・南米移民養成を中心に」 ・村松由香子氏(相模原市立田名中学校国際教室教諭) 「外国とつながる子どもに対する進学支援の現状と課題-静岡県焼津市の事例を中心に−」 ・宮本佑己氏(一橋大学大学院社会学研究科博士課程) 「1970年代における学知と社会—自主講座「公害原論」からみる—」(仮) ・大山報告 報告:13時00分~13時50分(50分) 質問の整理:13時50分~13時55分(5分) 質疑応答:13時55分~14時20時(25分) ・村松報告 報告:14時30分~15時20分(50分) 質問の整理:15時20分~15時25分(5分) 質疑応答:15時25分~15時50分(25分) ・宮本報告 報告:16時00分~16時50分(50分) 質問の整理:16時50分~16時55分(5分) 質疑応答:16時55分~17時20分(25分) *最大延長、17時30分まで その他 ・参加費:無料 *会員以外にもお声がけください。
学会賞創設のお知らせ
同時代史学会では、2024年12月7日の総会で、同時代史学会学会賞を創設しました。
 授賞対象者は当該作品公表時に40歳未満の本学会会員です。審査の対象となるのは、前年度(4月1日~3月31日)に刊行された著書または『同時代史研究』掲載論文のうち、会員からの推薦(他薦のみ)があった著作物です。
 2025年4月に、2024年度刊行分の推薦受付を開始します。推薦締切は7月31日の予定です。推薦方法等については、改めてお知らせします。
*4月に規程含めて再度告知する形になります。
同時代史学会2024年度大会 自由論題 報告一覧
同時代史学会2024年度大会 自由論題 報告一覧
*以下、会場ごとに、報告の①タイトル、②報告者(名前のよみ/所属等)、③要旨、の順で掲載しています。
*A~Eの全5会場は、すべて駒澤大学3号館の2階となります(今回の大会は、すべて同館同階で開催)。
*各会場とも10時開始、報告者1名につき報告40分+討論20分の計1時間を予定しています。ただし、E会場のみ、11時開始となります。
*開催形態は、全5会場とも、対面のみとなります。
A会場[3-211教室]
報告A-1
➀ 戦後日本の「性教育」論
➁ 松元実環(まつもと・みわ/神戸大学大学院国際文化学研究科文化相関専攻博士後期課程)
➂ 戦後初期の日本における「性教育」の歴史的研究は、主に1947年から1972年に文部省が推進した「純潔教育」を中心に展開されてきた。従来の研究は、主に女性史において、性売買との関連の中で論じられてきたが、同時期の「性科学」領域においても同様の議論が広がっており、十分に検討されていない点が課題である。
本研究では、戦後初期の日本における「性」に関する教育的および啓蒙的な議論に着目し、特に「性科学」分野の言説が果たした役割を明らかにする。この分野では、「純潔教育」にも触れつつ、さらに多様で複雑な「性」に関する議論が展開された。当時の資料を基にその議論の構造を整理し、背後にある思想的背景を掘り下げることで、戦後初期の日本における「性教育」の意義を再検討し、従来の枠組みを超え、より体系的に戦後の「性教育」を捉えるための新たな視座を提示することを目指す。
報告A-2
➀ 戦後右翼陣営における「大同団結」とその結実:「救国国民総連合」に焦点を当てて
➁ 蓬田優人(よもぎた・ゆうと/東北大学大学院文学研究科博士後期課程)
➂ 個々に活動する組織が共通の目的のために結集し、勢力の拡充を図る「大同団結」は、政治運動では度々見受けられる。1954年に発足した「救国国民総連合」(以下「総連合」)もその一つである。公職追放が解除された直後、日本国内の右翼活動家らが図ったのが自陣営の集結であったが、その背景には、戦後に台頭した左派陣営への意識があったものと推察される。その結実として発足したのが総連合であった。だが、発足に際して有力団体が合流しなかったために、組織としては機能不全な状態に陥った。このことが、総連合がこれまで注目されてこなかった所以であろう。
本報告では総連合の発足以前から発足、そしてその後という時期区分を設けた上で、戦後における組織の集結と勢力拡充という課題に対し、戦前からの活動家たちはどう捉えていたのかを見ていく。また、結果的には挫折した「大同団結」であるが、それがその後何をもたらしたかについても併せて論じたい。
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B会場[3-202教室]
報告B-1
➀ 《赤とんぼ》を歌うことの表象:1950年代~1960年代前半の映画を中心に
➁ 栫 大也(かこい・まさや/九州大学大学院芸術工学府博士後期課程)
➂ 本報告の目的は、戦後約20年間における《赤とんぼ》(1927年作曲)に関する表象の一端を明らかにすることである。同曲はしばしば「懐かしい曲」として説明されてきた。しかし、そうした見方がどのように現れたかという研究が十分になされてきたとは言いがたい。
前記の目的のため、本報告では以下の手順で検討を進める。まず、対象時期におけるこの曲の位置づけを、教科書、うたごえ運動などから確認する。次に、『少年死刑囚』、『ここに泉あり』(以上1955年)、『やくざ先生』(1960年)、『夕やけ小やけの赤とんぼ』(1961年)といった映画を検討する。これらの作品では、山奥の児童や戦災孤児、混血児といった多様な主体が《赤とんぼ》によって包摂される様子が描かれた。以上を踏まえ、遅くとも1960年代までには、《赤とんぼ》が「懐かしい曲」として挙げられる状況が成立していたと思われることなどを報告する。
報告B-2
➀ 部落問題はいかに上演されたか:1960年代前半の『差別』上演活動を中心として
➁ 長島祐基(ながしま・ゆうき/早稲田大学先端社会科学研究所助教)
➂ 1960年代の演劇運動(労働者が社会の問題を扱った劇を創り、上演する活動)は労働組合を基盤とする運動が停滞し、地域に基盤をおく労働者劇団や市民劇団が運動の新たな担い手となった時期とされる。本報告では大阪における地域劇団の一つである劇団未来を扱う。1962年に結成された劇団未来は旗揚げ公演で部落問題を扱った『差別』を上演し、同作は東京や大阪近郊でも上演された。本報告では同劇団とその前身となった演劇サークルにおいて部落問題がいかにして戯曲のテーマとして取り上げられ、各地で上演され、観客から評価されたのかを検討する。活動を通じた担い手の認識の変化や部落問題を上演することの難しさを明らかにするとともに、「職場を描く」という職場演劇の理念と部落問題という地域の課題の関係にも言及する。本報告は1950年代後半から1960年代初頭にかけての演劇運動の質的変化を具体的な上演活動に即して問うものである。
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C会場[3-203教室]
報告C-1
➀ 暴力の「後」を生きること:沖縄に生きた元日本軍「慰安婦」、裴奉奇に着目して
➁ 廣野量子(ひろの・りょうこ/同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)
➂ 1975年、沖縄で日本軍「慰安婦」だった人物として、裴奉奇の存在が公にされた。1944年11月、裴は朝鮮から沖縄の渡嘉敷島に日本軍「慰安婦」として連れて来られ、1945年8月、渡嘉敷島の武装解除がなされた後、座間味捕虜収容所、屋嘉収容所、石川収容所へと移送され、その後も沖縄本島内を転々と移動しつづけた。
本報告では、裴のとくに「慰安婦」の「後」に着目する。裴の聞き書きをした、川田文子の『赤瓦の家—朝鮮から来た従軍慰安婦』(筑摩書房、1987)によれば、川田が訪ねた頃の裴は周期的に襲われる頭痛に苦しめられていたという。本報告では、「トラウマ」の概念を用いながら、裴が被った暴力とその暴力の「後」の生について考える。その際、裴が生きた土地が沖縄であったこと、すなわち1945年以降も現在に至るまで、沖縄という場所自体が複数の構造的な暴力に晒され続けた/ているという点を重視し、併せて考察していく。
報告C-2
➀ 開拓地を開発する:1950年代沖縄の農村開発構想の検討
➁ 座間味希呼(ざまみ・きこと/大阪大学大学院文学研究科博士後期課程)
➂ 本報告では、米軍統治期の沖縄北部開発計画の形成過程を次の三点に着目して跡付ける。第一に米軍基地開発によって立ち退かされる住民に対する琉球列島内への開拓移住計画との連関、第二に琉球政府による開発計画への本土農学者の関与、第三に北部市町村にとっての開発計画である。これを通じて沖縄島北部地域が開拓移住地から地域開発の対象とされていく過程を明らかにする。米軍統治期の開拓移住政策は成果があがらず、農村開発計画の達成率も低く、消極的であったという評価が与えられている。本報告の検討を通じて、開発計画の方針と農村地域の希求したものの絡まり合いを分析する。資料は沖縄現地政府の琉球政府資料、米国側の統治機構である琉球列島米国民政府資料、新聞記事、市町村議会議事録等を用いる。
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D会場[3-212教室]
報告D-1
➀ 2001年「新しい歴史教科書をつくる会」教科書の検定通過に関する日韓の反応
➁ 谷口綾美(たにぐち・あやみ/南山大学大学院国際地域文化研究科博士後期課程)
➂ 1997年に正式発足した「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)は、歴史教科書における「従軍慰安婦」の記述の削除を求めるなど、保守系の言論を展開していた。「つくる会」の制作した歴史教科書が2001年、教科書検定を通過すると、国内外から様々な反響が起こった。韓国をはじめとする近隣諸国からは、抗議の声も強まることとなる。
本研究では、「つくる会」の準備段階であった1996年から、検定を通過した2001年を経て、日韓両政府による「日韓歴史共同研究」の報告書が出される前年の2004年までを対象として、日韓それぞれの政界、学界、新聞報道においてどのような反応が示されたのか、分析を行う。また、「つくる会」の動きが、日本と韓国の歴史・教育分野の共同研究にどのような影響を与えたかについても、明らかにしていく。
報告D-2
➀ 江藤淳の「検閲影響論」と1980年代後半の言論空間:日米経済摩擦と「閉された言語空間」をめぐって
➁ 多谷洋平(たや・ようへい/立命館大学大学院社会学研究科応用社会学専攻博士課程後期課程)
➂ 本報告では、文芸評論家・江藤淳(1932-99)によるGHQ占領期の言論検閲をめぐる主張と、それに対する当時の言論空間での反応に焦点を合わせることで、1980年代後半における占領期言論検閲に関する認識について考えたい。1978(昭和53)年の「無条件降伏」論争以降、江藤は占領期の研究と論考の執筆に注力し、その成果は『一九四六年憲法——その拘束』(1980年)や『落葉の掃き寄せ』(1981年)、『自由と禁忌』(1984年)などの占領期の言論検閲を扱った作品群に結実していく。本報告では、江藤の主張の中でも、占領期の言論検閲が現代の日本社会においても影響を及ぼし続けているとする見解を「検閲影響論」と名付け、『日米戦争は終わっていない』(1986年)、『昭和の文人』(1989年)、『閉された言語空間』(1989年)などの作品を取り上げ、日米経済摩擦といった当時の情勢を踏まえつつ、1980年代後半における江藤の言説と言論空間での反応について検討していく。
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E会場[3-210教室]
報告E-1
➀ 大槻和也(おおつき・かずや/大阪公立大学非常勤講師)
➁ 1980年代中盤における梶村秀樹による「二重の課題」論の深化:指紋押捺拒否運動からの触発
➂ 本報告では、朝鮮史研究者である梶村秀樹が在日朝鮮人運動において重要な視角だと提唱した「二重の課題」論が、指紋押捺拒否運動に関わる中でどのように深まったのかを具体的に論じる。
梶村は1970年代中盤以降、在日朝鮮人運動において朝鮮の解放運動の一端を担うという課題、そして日本での生活権を獲得していくという課題の「二重の課題」の追求があることを重要な視角としていた。指紋押捺拒否運動に梶村が積極的に関わっていった1980年代中盤以降、生活の場での「在日の統一」経験の場としての指紋押捺拒否運動の位置づけ、第三世界ナショナリズム思想と共鳴する「民族への帰属意識」論の提唱、日本国家と日本社会による在日朝鮮人に対する構造的同化暴力の分析などを行っていった。
本報告ではこれらの論点を「二重の課題」論の深化と位置づけて論じ、梶村秀樹による運動への参加が彼の研究に及ぼした往還関係とその思想的地平を探究したい。
以上